東京高等裁判所 昭和25年(ネ)299号 判決
控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、控訴代理人において、「被控訴人が本件において求めているのは、控訴人日本医療団所属の内科医員としての地位保全を目的とする仮処分命令であるから、被控訴人が現に控訴人に対しかかる者として労務を提供し、且つ控訴人がこれを受領しうる状態にあることを前提とする。しかるに被控訴人の勤務した日本医療団茨城厚生病院は、昭和二十五年一月十五日を以て厚生省所管に移り、国立水戸病院となつたのであるから、これと同時に被控訴人が控訴人に対し労務を提供しうべき機会は消滅したのである。即ち、控訴人は現に清算過程にある法人であり、その所属各病院は独立採算制を経営の基礎としているため、人事の交流は主院分院の間に限られ、廃止された病院の従業員を他の病院に転属せしめることは不可能である。茨城厚生病院が国立に移管されるについても、これに先き立ち全従業員は漏れなく辞表を提出し、その中適格者に限つて改めて国立病院の職員として採用されたのである。而して控訴人と国との間に結ばれた契約条項中に、厚生省は締約日に現に茨城厚生病院に勤務する者を移管日を以て原則として採用する旨の約定が存したが、その趣旨は国立病院の定員及び人件費予算の範囲内において、国立病院において配置さるべき各職種毎の採用基準に照して適格なる者を採用する謂であつて被控訴人の主張する如くいやしくも厚生病院の従業員たる者は適否を論ぜず、現員現給のままで当然国立病院に引き継がれるのではないから、茨城厚生病院の職員の多数は国立病院に転用されたものの、一部の者は職を失つて他に去つたのである。いずれにしても被控訴人が国立移管後も引続き控訴人日本医療団の職員として止りうべき途は無く、又事実かような者は一名もなかつたのである。それ故被控訴人に対する本件解雇の効力の有効無効に拘らず、右解雇なかりせば被控訴人が国立移管後も控訴人の職員として残留し、依然内科医業務を行い俸給の支給を受け得られたものとすることは事理に反する次第であるから、被控訴人の為めその解雇当時の待遇基準に従つて職員たる地位を保全し、その労務提供の可能性なきに拘らず安給料の支払を命ずる本件仮処分が不当であることは論を俟たない。被控訴人が本件解雇のために国立病院の職員に採用せられる機会を奪われたことを理由に控訴人に対し損害の賠償を求めんとするならば、それは仮差押の問題とはなり得ても、仮処分を求めうる理由とはならない。本件仮処分は以上の如く事理と実情を無視したものであつて控訴人の到底承服し得ざる所である。」と述べ、被控訴代理人において、「控訴人は現在清算中ではあるが、全国各所に医療施設を有し、依然医療業務を継続することを許されており、各病院は控訴人の内規上独立採算制の基礎に立つているとしても、法律上は凡て同一経営主体に属すること勿論であるから、ある病院の職員を他の施設に転属せしめることは何等妨げなきところである。被控訴人は茨城厚生病院が国に移管された後になお右病院勤務の職員たる所遇を受けようとするのではなく、単に控訴人の為した不当解雇によつては、控訴人の職員たる地位を失うべきでないことを理由として、解雇当時の給与基準に従い控訴人日本医療団に属する内科医員としての地位保全を求めるにすぎない。まして茨城厚生病院の職員であつた者は、国立水戸病院に当然承継さるべき筈であつたから、若し本件解雇が無効であつて、被控訴人が厚生病院の従業員たる地位を保有していたとすれば、被控訴人は国立水戸病院の医員たり得るのである。それ故この意味においても被控訴人が右解雇によつてはその地位を失わなかつたものと定める仮処分を必要とする。日本医療団茨城県従業員組合が結成されたのは、昭和二十二年十二月四日であるが、その準備活動は被控訴人もこれに参劃して同年十一月中旬頃より着々進められていたのである。なお被控訴人に対する解雇辞令は昭和二十四年二月二十六日附で発せられたから、被控訴人は右解雇当時の給与基準に従う地位の保全と解雇の翌日よりの給料支払を命ずる仮処分を求める。(原審において解雇の日時を昭和二十四年二月十四日としたのは誤りであるから訂正する。)」と述べた外は、原判決摘示と同一であるからこれを引用する。(疎明省略)
三、理 由
被控訴人が控訴人日本医療団に内科医として雇われ、水戸市所在の茨城厚生病院に勤務していたこと、控訴人が同病院長渡辺覚造の内申に基き、昭和二十二年十二月一日附及び昭和二十三年十二月一日附で被控訴人を同病院小川分院に転勤を命じ、被控訴人が再度の転勤命令に応じないことを理由として昭和二十四年二月二十六日付をもつて懲戒解雇処分に付したこと、及び右厚生病院が昭和二十五年一月十五日控訴人より国に譲渡され、国立水戸病院となつたことは、当事者間に争がない。
控訴人は、国と控訴人との約定により茨城厚生病院の従業員は、原則として国立病院に引継がれることになつており、一面控訴人所属の各病院は独立採算制の基礎に立ち、その間人事交流の途がないので、国立移管前全従業員は辞表を提出し、その中適格者は国立病院に採用されたが、他は失職するに至つた。従つて被控訴人に対する本件解雇が仮に無効であつたとしても、被控訴人が控訴人日本医療団の職員として止りうべき余地は全くなかつたのに拘らず、これあることを前提として為された本件仮処分は失当であると主張する。しかしながら、控訴人は、茨城厚生病院以外にも病院施設を有して現に医療事業を経営しているのであるから、本件解雇が不当労働行為として無効であるならば、被控訴人の従前の職場が他に譲渡され、且つ独立採算制の立前上これを他の病院に転置することが事実上困難であるとの理由によつては、雇傭契約が当然に終了し、被控訴人がその地位を失うべきいわれはない。若し本件の如き解雇処分がなく、事態が円満に推移したとすれば、恐らく被控訴人も他の者と同様国立移管前任意辞表を提出していたであろうことは一応推測しうる所ではあるが、被控訴人は懲戒解雇を受けたに拘らず解雇が無効であり、現に控訴人の従業員たる地位を有することを主張しているのであるから、右地位保全の仮処分を求める利益を有するものというべく、控訴人の前記主張は採用し難い。
被控訴人は、日本医療団茨城県従業員組合の結成に当つてはその主唱者の一人となり、組合結成後も執行委員、副委員長、委員長、或は書記長等の要職を占め、熱心に組合活動をして来た為め、組合運動を極度に嫌忌していた院長渡辺覚造の被控訴人を排除し、組合を弱体化せんとの意図に基き、再度に亘る小川分院転勤命令が発せられ、被控訴人がこれに従わぬことを表面上の理由として懲戒解雇処分が為されるに至つたものであるから、右は明らかに不当労働行為を構成する旨主張する。而して被控訴人がその主張の如く右従業員組合の結成に参劃し、その結成後組合の幹部となつたこと(昭和二十二年十一月七日執行委員、昭和二十三年四月副委員長、同年九月十四日委員長、同年十二月書記長に各就任)は、当審における被控訴本人尋問の結果によりこれを認めうるところであるが、控訴人は、右解雇は何等被控訴人の組合活動とは関係なく、勿論組合弱体化等の意図に出たものではなくて、全く被控訴人の職務上の義務懈怠に因るものであると主張するので、以下本件に顕われた疏明資料に基き、右解雇が果していかなる経緯の下に如何なる意図を以てなされたかを検討することとする。
成立に争のない………を綜合すれば、およそ次のような事実を認めることができる。右認定に牴触する疎明方法は採用せぬ。
(一) 茨城厚生病院小川分院は、水戸市東南方約三十キロ霞ケ浦北岸に位して人口約七千三百を有する茨城県茨城郡小川町に所在し、同町及隣接地方民によつて広く利用され、内科及び外科が置かれてあつた。外科は分院長医学博士外一名がこれを担当していたが、内科には医長を欠き、常勤の医師としては未だ経験の浅い大串弘医員あるのみで、本院より毎週一囘内科医長が出張医療に当つている状況であつたところ、昭和二十二年十月頃大串医員より本院に転勤して研修したき旨の申出があつたので、茨城厚生病院長は右申出を容れ、これを機会に小川分院内科を充実せしめようと計り、その後任に被控訴人を擬し、これを分院内科医長たらしめんとした。当時外部より小川分院勤務の医院を補充することは事実上困難であり、本院より後任者を派遣するとすれば、医長の次位にある医員は開業希望の為め既に同年八月三十一日附を以て退職願を提出しており(同年十一月二十七日九月三十日附で発令)、他の医員は何れも臨床上の経験が浅いので五年の臨床経験を有し独身で転任容易の被控訴人を最適任者と認め、同年十一月二十三日院長よりその旨日本医療団本部に内申し、これに基き同年十二月一日附で大串医員の厚生病院勤務及び被控訴人の小川分院転勤が同時に発令されたのである。
(二) しかるに被控訴人の右転勤については、渡辺院長において事前に被控訴人の承諾を得なかつた為め、被控訴人は赴任を肯ぜず、同年十二月四日日本医療団茨城県従業員組合が結成されるや、同組合は直に被控訴人の転任問題を取り上げ、これを院長の一方的な弾圧的人事であるとして同組合委員長海野栄の名を以てその徹囘方を渡辺院長に申し入れると共に、他方茨城県地方労働委員会に審査請求書を提出した。同委員会の斡旋もあつて渡辺院長と組合との間に接衝が重ねられた結果、渡辺は妥協案として被控訴人を小川分院より厚生病院(本院)に転勤せしめると同時に小川分院兼務とすべくその旨日本医療団茨城県支部を通じて本団に内申し、これを組合に提示したところ、更に組合側より小川分院兼務をも削除され度しとの申出があり、結局組合が責任を以て被控訴人を一週三囘程度小川分院に必ず出張診療せしめることを確約したので、渡辺院長も右条件の下に漸く被控訴人の小川分院兼務を削ることにし、紛議妥結したのでその旨本団に申達し、本団亦その趣旨を諒解して昭和二十二年十二月二十二日附で被控訴人の厚生病院復帰が発令されたのである。
(三) 被控訴人は組合と渡辺院長との間に成立した右協定に従い、小川分院に出張診療することとなつたので、これが実施方法につき、佐久間分院長と協議の上、当分の間毎週火曜日及び金曜日の二囘出張することと取り極めたが昭和二十三年一月中は出張せず、同年二月より出張を開始するに至つた。しかして小川分院としては被控訴人の出張診療の便宜を計り、その都度係員に自転車を携行して小川駅まで出迎させ、昼食は無償で供与し、出張の旅費日当も規定の額に数倍する金額(一ケ月平均千八百円)を支給して優遇したのであるが、被訴控人は免角出張診療を怠り勝にて、昭和二十三年二月は二囘、三月は五囘、四月六月は各三囘、五月は四囘出張した丈けであり、殊に七月からは列車時刻の変更により出張困難であるとして、渡辺院長若しくは佐久間分院長の承諾を受けず、全然無断で出張診療を中止してしまつた。小川分院では係員をして被控訴人に対し前夜来院して一泊の上翌日診療を実施され度き旨交渉したが、被控訴人の容れる所とならず、これが為め分院の内科診療上甚しい支障を生ずるに至つた。
(四) そこで小川分院長佐久間清より渡辺院長に宛て、昭和二十三年八月二十七日附を以て至急内科専任医院を補充され度き旨の申入があり、他方同年九月十六日の本院医長会議において被控訴人の行動につき強き糺弾の声が上り、全員一致これを解雇すべしとの決議が為されたので、渡辺院長は被控訴人を小川分院に転勤せしめて事態を拾収しようと計り、被控訴人に対し右転出方につき考慮を促すと共に同年十一月二十四日その旨本団に内申し、本団はこれに基き、同年十二月一日附で再度被控訴人に小川分院軽勤を命ずる辞令を発した。しかるに被控訴人は右発令後数次に亘る督促を受けながら、小川赴任を頑強に拒否したので、本団においても規律上これを放置し難く、遂に昭和二十四年二月二十六日附を以て、日本医療団職員分限規程に基き職務上の義務違背を理由に被控訴人を懲戒解雇処分に付したのである。
本件解雇処分の為された経緯は右の如くであつて、これに関し、被控訴人は、小川分院出張の約定は、組合が渡辺院長の面目を立てる為に為したもので、出張は被控訴人の勤務その他の都合上差支なき限り好意的に行う趣旨であり、本来義務的強制的性質を帯びたものではなかつたと主張するけれども、被控訴人の挙げる疎明資料にして右主張に符合する部分はこれを措信するに足りない。被控訴人は、又、前記従業員組合の執行委員、副委員長、委員長等に就任し、組合事務に多忙であつた関係上、出張診療を為し得ないことが多く、右はいずれも正当の事由によるものであるから、控訴人と全日本医療団従業員組合との間の団体協約中「組合ノ必要ナル業務ノ為、団務ヲ欠キタル場合ハ之ヲ欠務ト認メザルモノトス」とある条項に照すも、これを以て被控訴人の任務懈怠と為すことはできないと主張する。しかし当審証人太田長次郎の証言及び当裁判所の真正に成立したと認める乙第百七十六号証によれば、組合の必要なる業務の為めに団務を欠く場合と雖も、予め文書又は口頭を以て届け出で、その承諾を得た場合に限りこれを欠務と認めないとする諒解が両者の間に成立し、従来右諒解に従つて処理されて来たことが明らかであるから、本件の如く全然無断で団務を欠いた場合は欠務とみなさるべきこと当然であつて、組合事務が如何に多忙であるにせよ、これに藉口して職務上の義務懈怠の責を免れることはできないものというべきである。しかも本件解雇は被控訴人の右主張診療の懈怠を直接の理由とするのではなくて、被控訴人が再度の小川転勤命令を無視して赴任しなかつたことに基因するのであるから、控訴人の右主張は採用し難い。
なお渡辺覚造が昭和二十三年六月頃組合役員の改選に際し、その側近者を通じて組合員に対し自己の欲する役員候補者の氏名を指示し、又は同年九月頃組合員に組合脱退を勧告したとの事実は原審が本件解雇を以て不当労働行為なりと認定する一資料とした所であるが、当審における控訴人側の反対疎明を参酌すれば、まだこの点の疎明ありたるものとは為し得ない。
以上認定の経緯に徴すれば、本件解雇が被控訴人の主張する如くその組合活動を理由とし、若しくは組合の弱体化を企図して為されたものと断ずることはできず、却つて被控訴人が組合を通じて院長渡辺覚造と取り極めた小川分院出張を怠り分院の内科診療に支障を来さしめたことに由来して再度の小川転勤命令が発せられたのに対し、被控訴人がこれを無視し数次督促を受けながら赴任に肯じなかつた職務上の義務不遵守により、職員の規律保持の為めに為されたものと見る外はないのである。成立に争のない乙第十四号証によれば日本医療団転員分限規程第一条第一項第二号第二条には、職員が「職務上ノ義務ヲ遵守セザルトキ」はこれを懲戒に処し、事の軽重に従つて解職をも命じうべき旨規定していることが明らかであるから、右規定に基く本件解雇は適法といわなければならない。
然らば右解雇が旧労働組合法第十一条に違反する不当労働行為を構成し、法律上無効であることを前提とする本件仮処分の申請はその請求の疎明を欠き(保証を以て右疎明に代えしめることは相当でない)、失当としてこれを却下すべきであるに拘らす、右と異る認定の下に該申請を容れた原判決は不当につき取消を免れない。
よつて民事訴訟法第三百八十六条第八十九条第九十六条第百九十六条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奥野利一)